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Overview開業医の確定申告の全体像
個人でクリニックを開業している場合、1年間の医業収入から必要経費を差し引いた利益(事業所得)に対して所得税・住民税がかかり、確定申告が必要です。医業は法定業種に該当するため、所得が一定額を超えると個人事業税もかかります。
開業医の経理には、(1) 入金経路が複数に分かれる、(2) 入金に時間差があり未収金が必ず発生する、(3) 社会保険診療は消費税が非課税である、(4) 概算経費という独自の特例がある——という4つの特徴があります。これらを正しく押さえることが、適正な申告と節税の出発点です。
また、複式簿記で記帳し青色申告を選択すれば、青色申告特別控除や赤字の繰越しなど、税制上の有利な取扱いを受けられます。日々の数字をきちんと残せているかが、そのまま申告の精度と納税額に直結します。
Revenue Streams収入が複数の経路に分かれる
開業医の医業収入は、主に次のように入金元が分かれます。それぞれ入金サイクルや消費税の扱いが異なるため、収入を区分して管理することが出発点になります。
- 社会保険診療報酬(健保・協会けんぽ等)… 社会保険診療報酬支払基金から入金
- 国民健康保険分 … 国民健康保険団体連合会(国保連)から入金
- 自費診療(自由診療) … 患者からの窓口収入
- 医師会からの入金 … 健診・予防接種・学校医・産業医・休日夜間診療などの委託報酬
- 窓口の一部負担金 … 患者の自己負担分
このうち、自費診療や医師会からの委託報酬は消費税の課税・非課税の判定に影響し、健診や予防接種など自治体・医師会経由の収入は入金時期も不規則です。収入科目(または補助科目)を入金元ごとに分けておくと、後の集計や消費税判定が格段に楽になります。
Accrued Receivables入金のタイムラグと未収金管理
支払基金や国保連からの入金は、診療した月の約2か月後です。そのため決算日の時点では「請求済み・未入金」の医業未収金が必ず発生します。
期末には、レセプト請求額をもとに未収金を正しく計上しないと、その期の収入が過少(または期ずれ)になってしまいます。毎月、レセプト請求額と実際の入金額(返戻・査定減を含む)を突き合わせて管理することが重要です。
返戻・査定減の処理
請求したレセプトが返戻されたり、審査で査定減になることがあります。当初の請求額で計上した未収金との差額を調整し、再請求分は翌月以降の未収金として管理します。請求額と入金額のズレを放置すると、未収金残高が実態と合わなくなります。
Consumption Tax社会保険診療は消費税が非課税
社会保険診療報酬は消費税が非課税、一方で自費診療(自由診療)は課税です。両方がある場合は、課税・非課税を区分して管理する必要があり、インボイス対応や課税売上割合の計算にも影響します。
自由診療(自費の健診・予防接種・美容・自由診療の検査など)の課税売上が年1,000万円を超えると、消費税の課税事業者として申告・納税が必要になります。課税・非課税の両方の収入があるクリニックでは、仕入れ(経費)にかかった消費税のうち控除できる金額を課税売上割合で按分計算するため、日頃から区分しておくことが欠かせません。
Deductible Expenses開業医が経費にできるもの
クリニックの運営に必要な支出は必要経費として収入から差し引けます。開業医は人件費・仕入・設備の比重が大きく、計上漏れがないよう区分して管理することが節税につながります。
人件費
- 看護師・受付・医療事務スタッフの給与・賞与
- 社会保険料の事業主負担分、退職金
- 青色事業専従者給与(生計を一にする配偶者等が事務を手伝う場合)
仕入れ・診療材料
- 医薬品・ワクチン・診療材料・衛生材料の仕入れ
- 外部委託する臨床検査の検査委託費
設備・施設
- 医療機器の減価償却費・リース料、電子カルテ・レセコンの導入・保守費
- 家賃・共益費、水道光熱費、内装・什器、医療廃棄物の処理費、清掃・リネン
研鑽・専門・その他
- 医師会費、学会・研修参加費、医学書・論文データベース
- 医師賠償責任保険、ホームページ・看板・広告などの集患費用
自宅とクリニックが一体の場合や、車を業務とプライベートで兼用している場合は、業務に使う割合を合理的な基準で家事按分して経費にします。按分の根拠(面積・走行記録など)を残しておくことが大切です。
Estimated Expenses概算経費の特例(措置法26条)
社会保険診療報酬については、実際の経費に代えて「概算経費率」で必要経費を計算できる特例があります(租税特別措置法26条)。実額経費より概算経費のほうが大きい場合、その差額分だけ所得が圧縮され、節税につながります。
適用要件(その年において)
① 社会保険診療報酬が 5,000万円以下
② 医業・歯科医業に係る総収入金額(自由診療を含む)が 7,000万円以下
| 社会保険診療報酬 | 概算経費額 |
|---|---|
| 2,500万円以下 | × 72% |
| 2,500万円超〜3,000万円以下 | × 70% + 50万円 |
| 3,000万円超〜4,000万円以下 | × 62% + 290万円 |
| 4,000万円超〜5,000万円以下 | × 57% + 490万円 |
概算経費と実額経費は毎年、有利な方を選択できます。なお、自由診療の収入がある場合は、経費を社保診療・自由診療それぞれの固有経費と共通経費に分け、共通経費を按分して所得を計算する必要があります。実額経費が概算経費を上回るほど設備投資や人件費がかさむ年は、実額のほうが有利になることもあるため、両方を試算して判定します。
Tax Saving開業医の節税・所得控除
所得が大きくなりやすい開業医こそ、使える制度を取りこぼさないことが重要です。代表的な節税策を整理します。
- 青色申告特別控除(最大65万円):複式簿記での記帳+e-Tax申告(または電子帳簿保存)で65万円を所得から控除。
- 小規模企業共済:掛金(月最大7万円)が全額所得控除。引退・廃業時の退職金代わりになります。
- 経営セーフティ共済(倒産防止共済):掛金(月最大20万円・累計800万円)を必要経費に算入可能。
- iDeCo(個人型確定拠出年金):掛金が全額所得控除。老後資金を作りながら節税。
- 青色事業専従者給与:配偶者等が事務に従事する場合、相当額を経費にできます。
- 少額減価償却資産の特例:取得価額30万円未満(2026年4月1日以後の取得分は40万円未満)の医療機器・備品を、年間300万円まで即時に経費化(中小企業者等の特例)。
これらは概算経費の特例と組み合わせて検討します。所得控除(小規模企業共済・iDeCo等)は概算経費を選んでいても使えるため、全体として最も有利になる組み合わせを毎年シミュレーションすることが大切です。
Year One開業初年度と設備投資の注意点
開業初年度は、設備投資が大きく、手続きも集中するため特に注意が必要です。
- 開業費:開業前に支出した準備費用は繰延資産として計上し、任意のタイミングで償却できます(利益が出た年にまとめて経費化することも可能)。
- 医療機器の減価償却:高額な医療機器は耐用年数に応じて減価償却します。中小企業向けの特別償却や少額減価償却資産の特例が使える場合があります。
- 借入金:開業資金の借入金のうち、経費になるのは支払利息のみで、元本の返済は経費になりません。返済が進んでも利益=手元資金とは限らない点に注意します。
- 各種届出:開業届のほか、青色申告承認申請書は原則として開業から2か月以内に提出する必要があります(提出を忘れると初年度は白色申告に)。
Staff & Payrollスタッフの給与・源泉徴収・社会保険
スタッフを雇用すると、クリニックは給与の支払者として源泉徴収・年末調整の義務を負います。
- 源泉徴収:スタッフの給与から所得税を源泉徴収し、原則として翌月10日までに納付します(納期の特例を受ければ年2回にまとめられます)。
- 年末調整:1年分の給与について年末に税額を精算します。
- 社会保険:医師国保+厚生年金、または協会けんぽなど、加入する制度によって保険料負担が変わります。スタッフ数や運営方針に応じて選択します。
医師国保(医師国民健康保険組合)という選択肢
クリニックの健康保険には、協会けんぽのほかに医師国保(都道府県医師会が運営する国民健康保険組合)という選択肢があります。医師会に入会している院長と、その従業員(スタッフ)が加入できます。
最大の特徴は、保険料が報酬額にかかわらず原則として定額である点です。報酬比例・労使折半の協会けんぽに比べ、院長や給与の高いスタッフがいる場合は保険料負担を抑えられることがあります。一方で、協会けんぽのような被扶養者(扶養)の仕組みがなく、加入者ごとに保険料がかかる、傷病手当金など給付内容が異なる場合があるといった違いもあるため、メリット・デメリットの両面を踏まえて判断します。
従業員数と強制適用の関係
個人のクリニックは、常時雇用する従業員が5人未満であれば健康保険・厚生年金は強制適用ではなく、医師国保+国民年金などを選べます。
常時5人以上を雇用すると健康保険・厚生年金が強制適用になりますが、すでに医師国保に加入している場合は、年金事務所の「健康保険被保険者適用除外承認」を受けることで、厚生年金には加入しつつ、健康保険は医師国保を継続できます。
どの制度が有利かは、院長の所得・スタッフの人数や給与水準・将来の医療法人化の予定によって変わります。加入後の切り替えには手続きと時間がかかるため、開業時・増員時に試算しておくことをおすすめします。
給与計算・源泉徴収・社会保険の手続きは毎月発生するため、記帳とあわせて仕組み化しておくと、本業の診療に集中できます。
Incorporation医療法人化を検討するタイミング
所得が大きくなってくると、医療法人化が選択肢になります。法人化により、所得の分散(理事報酬)、退職金や生命保険の活用、事業承継のしやすさといったメリットが期待できます。
一方で、社会保険の加入義務、設立・運営コスト、事務負担の増加、剰余金を自由に引き出せない(持分なし医療法人)といったデメリットもあります。「所得がいくらを超えたら法人化が有利か」は、所得水準・家族構成・将来計画によって変わるため、複数年の見通しを立てたうえで判断するのが安全です。当事務所では、個人のまま続ける場合と法人化した場合の税負担を試算し、判断材料をご提供します。
FAQよくある質問
概算経費と実額経費は、毎年変えてもよいのですか?
はい。要件(社会保険診療報酬5,000万円以下・総収入7,000万円以下)を満たす年について、その年ごとに有利な方を選択できます。設備投資や人件費が多い年は実額、少ない年は概算が有利になることがあるため、毎年試算するのが基本です。
開業した年から青色申告できますか?
できます。ただし青色申告承認申請書を原則として開業から2か月以内に提出する必要があります。提出を忘れるとその年は白色申告となり、特別控除などが使えません。
自費診療が増えてきました。消費税はどうなりますか?
自由診療は消費税の課税対象です。基準期間(原則2年前)の課税売上が1,000万円を超えると課税事業者となり、消費税の申告・納税が必要になります。インボイス登録の要否もあわせて検討します。
確定申告をしないとどうなりますか?
本来の税額に加えて無申告加算税・延滞税が課されるおそれがあります。医業収入は支払基金・国保連からの支払記録が残るため、申告漏れは把握されやすい点にも注意が必要です。
Our Support当事務所のサポート
W総合会計officeでは、複数経路にわたる収入の区分と未収金(医業未収金)の管理、概算経費と実額経費の有利判定、消費税の課税・非課税区分、青色申告などの節税、開業初年度の設備投資や届出、医療法人化のシミュレーション、確定申告までを一貫してサポートします。記帳代行にも対応していますので、レセプトの請求データや通帳・領収書の状態からお気軽にご相談ください。
※本コラムは一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の取扱いについては事実関係により異なります。具体的な判断は当事務所にご相談ください。税制・特例の要件は改正される場合があります(記載内容は2026年6月時点)。